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desert season

KUROの(全く方向性の定まっていない)趣味のあれこれ。

『トライガンマキシマム』2003年8月分の感想

『トライガンマキシマム』連載時に書いていた感想その6。


雑誌掲載から1週間以上がたったので、そろそろこの間の『血界戦線』の感想をアップしたいところですが、ここのところ妙に集中力に欠けてて中々文章が書けず…というかまだ一行も書けていません。

持論としては頭の中で色々こねくり回して吐き出した文章より、勢いで書いたものの方が後で自分で読み返した時面白いと思ってるんですけどね~(^^;
中々ままなりません

そんな訳で、穴埋めというのではないですが勢いで書いた文章を今回も掲載(笑)

ラズロとウルフウッドの対決に関して妙にネガティブな事を書いてますね…。
当時は自分でも謎なほどウルフウッドが好きだったので、彼の生死の行方、生き様に関して色々と真剣に考えておりました。






 先月の感想ではかなりお見苦しい点がございましたところを謹んでお詫び申し上げます(苦笑)
 それにしたってうれしいものは仕方がないのでご容赦ください。
 さて、
 『今月のトライガン』です。

 長く苦しい戦いが最終局面を迎えようとしています。
 
 チャペルがウルフウッドに倒され、残るはラズロのみ。
 しかしこれが、もっとも苦しい戦いになることは想像に難くありません。
 なんと言っても“ラズロ”はリヴィオでもあり、リヴィオを取り戻したいウルフウッドは絶対に彼を殺すことができません。
 リヴィオと同じように戦闘不能を狙うにしても、今のウルフウッドにはかなり難しいと思います。
 しかもラズロは完全にウルフウッドを殺す気になっています。
 ラズロは、チャペルの命を奪ったウルフウッドを激しく憎むようになったようです。



 今までのラズロにとって人を殺すということは、遊びと変わらない行為だったと思います。
 別に相手が憎いわけでもなく、ただ“楽しい”という理由だけでラズロは戦ってきました。それは今月のヴァッシュと対峙したラズロの様子を見ればわかります。
 ラズロの『殺人』は、幼児が戯れに蝶の羽をむしり取る行為と同じことでしかありません。そこに罪の意識はなく、もちろん憎しみもない。ただ、戦うことが快楽につながり、それを得るために戦っているようなものです。

 また、彼にとって”戦い”はチャペルに認められるための行為だったようにも思います。。 

 もともとラズロはリヴィオが父親の暴力から逃れるために作り出した“もう一人の自分”でした。
 心理学に全く無知な私ですが、「父親に理由もよくわからないまま殴られ、母親もそれを見て見ぬ振りをする状況」が、子供に『自分は両親(他人)にとって必要とされていない、無意味な存在である』という意識を植え付けるのに十分であることは何となく想像することができます。
 そして過酷な状況下にいる子供が自身を護るために別の人格を作り出してしまうのも無理はないと思います。
 リヴィオにとってラズロは自分に代わる「無意味な存在の子供」です。
 
 しかし“ラズロ”がそのような他者に無視される境遇に甘んじられる人格ではなかったのが、リヴィオにとっての不幸だったのかもしれません(もちろん、人格を分裂させなければ生きていけない状況自体がすでに不幸なのですが)。
 
 ラズロはリヴィオ以上に誰かに「必要とされたい」という欲求が強かったようです。
 だから自分を「無意味なもの」として扱っている(とラズロが思いこんでいる)『両親』をまず惨殺したのでしょう。
 
 その後、孤児院に引き取られたものの、やはり『ラズロ』は必要とされていなかった。そこで事件を起こしてリヴィオを追い立て、ようやく表舞台にでるきっかけをつかむ。
 そして彼は彼を必要としてくれる場所を探し、たどり着いたのが『ミカエルの眼』だったのでしょう。
 
 そこで出会ったチャペルという男は今まで出会った誰とも違っていました。
 自分の“遊び”(=戦い、殺人)を否定することもなく、むしろその「人殺し」の才能故に彼を必要としてくれた。
 特に強烈だったのが、先月号のエピソードだったのでしょう。
 今まで誰にも必要とされていなかったラズロにとって、いとも簡単に自分のために命を賭けてくれた「チャペル」という存在は何物にも代え難いものだったと思います。
 
 ラズロは人を殺すときに相手が憎い等の感情を持ったことは無いと思います。ただあるのは自らの「戦いを楽しみたい」という欲求と、チャペルという男を喜ばせたいという思いだけだったような気がします。

 しかし、チャペルは殺されてしまいました。
 唯一自分という存在の価値を認めてくれた人間を殺されたラズロは初めて殺す相手に“憎しみ”を抱いたように思います。
 それまで遊びぐらいにしか思っていなかった殺人に初めて激しい感情がこもるのです。


 あるいは今までのラズロになら、ウルフウッドに勝機があったかもしれません。
 
 なぜなら、ウルフウッドには孤児院の人たちを助けたいという強い意志があります。
 他人を助けるという行為は簡単なようでいてとても難しいです。しかもウルフウッドは自分を捨てる覚悟もしているわけですから、彼の意志は並大抵のものではありません。
 
 ラズロが今までのラズロならウルフウッドの強い意志の前に倒されていたかもしれません。 

 しかし、今のラズロは違います。師を屠られた憎しみをもってウルフウッドに向かってくるでしょう。
 それはいわば彼にとって生まれて初めての、チャペルという「他者のための戦い」といえると思います。
 そうなれば、傷ついている分ウルフウッドは不利です。

 
 ウルフウッドは無言でヴァッシュに、孤児院の人間を戦いの輪の外に逃がせと求めました。
 彼はもう、戦う姿を大事な人たちに見せたくなかったのです。
 でも一人で戦えば、ウルフウッドは負けてしまうかもしれません。

 しかしヴァッシュはウルフウッドの言うとおりにするような気がします。
 感情的には助けたくても、ウルフウッドの気持ちは痛いほど伝わってきたでしょうし、実際問題、このままでは孤児院の人たちを戦いに巻き込んでしまいます。
 それほどの激しい戦いがこれから予想されます。

 また私には、ヴァッシュに戦いに加わってほしくないと思う矛盾した気持ちも持っています。
 なぜならこのミカエルの眼編はあくまで『ウルフウッドの戦い』であり、彼がすべての決着をつけるべきだと思うからです。
 
 私はミカエルの眼編はウルフウッドにとって『リヴィオと孤児院の仲間たちの救出』と、『ミカエルの眼の“殺し屋”としての自分との決別』という意味があると思います。
 ヴァッシュの到着で孤児院の人たちを避難させることができるようになり、自分をその執着心によってを束縛し続けたチャペルが死んだ今、後はリヴィオを取り戻せば『ミカエルの眼』を完全につぶすことができるのです(上層部はすでにウルフウッドが壊滅してしまったようですし)。
 しかもただ取り返すだけでなく、彼の手でそれが行われなければ、ウルフウッドは完全にミカエルの眼の呪縛から逃れられないような気がします。
 そして彼の手でミカエルの眼をつぶさなければ、彼自身の再生は望めないような気がします。
 
 確かにヴァッシュになら勝機があるかもしれませんが(何てったって彼の意志の強さに勝てる人間は早々いないでしょうから…)、それではウルフウッドは納得することができないのではないでしょうか?
 
 ヴァッシュが来てくれたことで、少しは明るい展望が開けるのではないかと思ったのですが、なんだか不安が増大してしまいました。
 だいたい無茶しすぎです。ウルフウッド。
 もし、生きてこの戦いを乗り越えられたとしても、無事ではすまないような気がします(薬のこととかもあるし…)。
 
 でも、どんな形であってもウルフウッドが最後まで生きていてくれたら私はうれしいです。


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漫画家・内藤泰弘さんファンのKUROがお送りする趣味に関することを色々書いているブログです。不定期更新。

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